スキクダ (Skikda)
フェニキア人が都市を築いた.
古代ローマがその上に都市を築き、「ルシケード」と名付けた. カルタゴ語で「火の岬」を表す.
5世紀、ヴァンダル人がルシケードを破壊した.
1838年、コンスタンティーヌの港として、フランスが「フィリップヴィル(Philippeville)」と名付け都市を築いた. コンスタンティーヌ・スキクダ鉄道が設置された.
1883年10月10日、地震が起きる.
1911年、ベデカーは「アルジェリアの最も若い海港」と記した.
第一次世界大戦勃発直後の1914年8月4日、フィリップヴィルはドイツの巡洋戦艦ゲーベンにより砲撃を受けた. この時、近郊のボーヌも軽巡洋艦ブレスラウにより砲撃されている.
第二次世界大戦終盤、連合国救済復興機関(UNRRA)のジャンヌダルク難民キャンプがスキクダに設置された. 1945年1月25日、南北アメリカの市民権を持つ200人のユダヤ人が、捕虜交換の為にベルゲン・ベルゼン強制収容所からスイスに送還された. 彼らは後にスキクダの難民キャンプに送られた.
1955年、アルジェリア戦争の中でアルジェリア民族解放戦線(FLN)がスキクダを攻撃し、123人の市民が殺害された. 多くはフランス人とその協力者と見做された者達だった. 虐殺に激怒したフランスはFLNへの攻撃を強めた. フランスによる報復で1200人(フランス発表)~1.2万人(FLN発表)が殺害された.
地図 - スキクダ (Skikda)
地図
国 - アルジェリア
アルジェリアの国旗 |
アフリカ世界と地中海世界とアラブ世界の一員であり、アフリカ連合とアラブ連盟と地中海連合とアラブ・マグレブ連合に加盟している.